「大塚周夫との思い出」 音響演出家・佐藤敏夫 インタビュー

聞き手:水落幸子

『スーパー・マグナム ブロンソン没後15年特別版 Blu-ray』の発売に伴い、生前に大塚周夫さんとお仕事等で交流の深かった、音響演出家の佐藤敏夫さんにインタビューしました。

佐藤敏夫さんインタビュー——大塚周夫さんの魅力についてお聞かせください。
佐藤敏夫さん:彼は早野寿郎さんの劇団俳優小劇場いたんだよね。そこで小沢昭一さんと露口茂さんと彼の三人で、それぞれ一人芝居をやったことがあって。その時のちかちゃんがとっても面白くて。
彼はラジオのパーソナリティもやったし、映画やドラマにも出てた。とにかくいろんなことをやっていました。昭和50年くらいから声の仕事が中心になったけど、「俺は声優じゃねえぞ、役者だぞ」って。そこはかなり頑固に言ってましたね。「声だけで、喉だけで芝居なんて出来やしねえ、体を使え」って。その辺が彼の魅力なのかなって思うんですよね。人にも厳しかったけど、自分にも厳しい人でした。

——どんなところをご覧になって、そうお感じになられましたか?
『事件記者コルチャック』の収録でもあったけど、こっちはOKを出しているのに、自分が納得するまで「もう一回やろう」って言うんですよ。あの頃はフィルムだったから、やり直すとなると巻き戻したり準備なんかで大変だったんですけど。
それと、ラジオをやっている時に声が出なくなっちゃって一時休んだそうなんですが、それが相当悔しかったみたいで、かなり自分を追い込んでいたみたいです。

——現場でも厳しい雰囲気は出されてましたか?
僕は自分の現場しか知らないから分からないけれど、一緒に出演している人には芝居についてとかいろいろ言ってたみたいですね。
ちょっと思い出したんだけどね、彼は色々なドラマに出てたじゃない。ドラマの世界では、誰かがミスしても誰も助けないんだって。ただずーっと見てるらしい。それでディレクターががんがん言うと、どんどん落ち込んでく。横でアドバイスしたりして慰めたりして助けてやればいいのに、誰もやらないって言うんだよね。「何で?」って聞いたら、「あいつが落っこっちゃえば、次俺の番があるから」だって。そういう連中が山ほど待ってる。でも吹替えの現場は、誰かがオロオロしているとみんなでで助ける。「この現場はいいよなあ」って彼はよく言ってましたね。
吹替えの現場では、中に入って一つのチームを組んだ時に、その中で誰かを蹴落とそうとする人なんて誰もいない。チームなんだから良いものを一緒に作ろうっていう空気の方が大きいと思います。
皆一緒に個室に入り込んで、一つの作品を作り上げるという環境もあるからかもしれませんが。

——佐藤さんから見た大塚さんのお人柄についてお聞かせください。
息子の(大塚)明夫君は、若い頃は全然面倒を見てもらえなかったみたいです(笑)。周夫さんは、息子のために云々というよりも、芝居が好きで好きで、芝居に全身全霊を捧げていたんでしょうね。まあ、ある年齢まできて、自分の息子が同じように俳優をやり始めた時に、ふと我に返ったんだろうね(笑)。若い時から突っ走ってきて、60、70歳になって、やっぱり俺一人じゃいけないんだなあって感じたのかもしれないね。晩年は、明夫君とはかなり仲良くやってたみたいです。

——大塚さんとは、よくお話されたんですか?
よくしました。10歳も年上なのに「ちかちゃん」と呼ばせてもらって。『コルチャック』で仕事をご一緒してからすごく良くしてもらって、いろいろな話をさせてもらいました。ただ彼も僕も飲まないから、酒場へ行って飲んで話すみたいなことはあんまりなかったです。あと僕が会社にいた頃は、次の作品の準備があったから飲みに行けないことが多かった。会社を辞めてからは飲まないくせに行ったりして、いろんな話をしてますが。
彼は僕にとっては、親父に近い兄貴といった存在でしたね。彼が亡くなる一週間ぐらい前のお正月の時に、仕事じゃなく、ばったり会ってるんですよね。話をするような状況じゃなくて おうっていう感じで。だから亡くなったって聞いて本当に驚きましたよ。ちかちゃんはね、まだまだやれると思ってたもんなあ。

——今お隣に大塚さんが座っていたとしたら、どんなお話がしたいですか。
あえて言うならば、やっぱり『事件記者コルチャック』って面白かった、楽しかったね、ということかな。映画の長編の吹替制作は、一日で終わってしまう仕事なんですよ。でもシリーズもので、20話あれば、3ヶ月4ヶ月一緒に、毎週毎週そのことについて話をするわけです。シリーズで出会って仕事をすることは、とても大事かと思います。
ヒトラーの声を誰に演じてもらおうかという時に、大塚周夫という人を知らなければ、彼のところに行き着かないわけです。「彼なら、このヒトラー役を全うしてくれるだろう」ということで、こちらがお願いするんです。間違えてほしくないのですが、吹替えの声は誰がやったっていいんです。演じている本人の声ではないんですから。
今の若いディレクターには、「自分がお前を使ってやるんだ」という言い方をする人が多いらしいんです。そうではなくて、「この役は、大塚周夫にやって欲しいんだ、だからお願いします」というキャスティングをしていかないと、「この役をお前にやらせてやるよ」ということでは、良い物が出来ないような気がします。今の風潮として、忙しいとか、期間が無いとか、とにかく作らなきゃいけないという切羽詰ったところが現場にあるので、余計に「じゃあこれはお前、これはお前、これはお前な」みたいな作り方をしているように見えるんですが、それをやったら吹替えの未来は無くなってく。やはりキャスティングする側が大塚周夫の本質を理解したうえで、「だからこそ、この役はあなたにお願いしたい」ということが、日本語版を大事にしていくことになると思います。
残念なことに、今の若い人たちはどんな役でも出来るかもしれないけども、「これだけは俺に任せろ」というような個性というか、かつての日下武史(TVシリーズ『アンタッチャブル』のエリオット・ネス(ロバート・スタック)の声などで有名)や小林昭二(ジョン・ウェインが持ち役)のような、「この人にこの俳優の声を演じてもらいたい」というような個性的な役者が少なくなってきている。だからここにちかちゃんがいたとするならば、ノスタルジーかもしれないけど、「昔は良かったよね」ということになってしまう。辛いですけどね。
僕は吹替えというものが日本で始まって、わずか数年のところで携わらせてもらいました。現場のみんなで試行錯誤し、考えて考えて吹替えを作って50年、60年です。中には本当に辛かったこともいろいろありましたが、すごくいい時期にこの仕事につかせてもらって幸せでした。ちかちゃんもそうだだったと思います。彼は俳優を目指していろいろやってて、たまたまこの業界で出会って、一緒に仕事をしてきたのですが、彼も洋画や海外ドラマ、アニメなどの吹替え草創期からこの作業に加わってきました。吹替制作は今後も延々と続いていく仕事かもしれませんが、大塚周夫としては全うしたという気がします。彼は吹替えというものを、考えて、考え抜いて、行き着いたところで彼なりに完成させてきたわけです。そこで人生を終えたということは、とても幸せな男だと思います。

(2018年5月18日 新宿にて)

佐藤 敏夫(さとう・としお)【プロフィール】
音響演出家。東北新社の外画演出部を経て、現在はフリーとして活躍。主な演出作品は、映画では『007』シリーズ(TBS版)、『インディ・ジョーンズ』シリーズ(日本テレビ版)、『アマデウス』『ジュラシック・パーク』『2001年宇宙の旅』、海外ドラマでは『事件記者コルチャック』『ER緊急救命室』『宇宙大作戦』などがある。

※本インタビューの前半は、8/2発売の『スーパー・マグナム ブロンソン没後15年特別版 Blu-ray』のリーフレットに掲載されています。
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佐藤敏夫さんインタビュー

大塚明夫さんナレーションによる「厳選洋画劇場Blu-rayシリーズ リベンジ」のPVです。大塚周夫さんのブロンソンのセリフもお聞きいただけます。