アンソニーの吹替え事件ファイル

第1回 淀川長治氏の作品評価をひっくり返した日本語吹き替え版の偉業

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1987年4月29日に日本で劇場公開された『プラトーン』はアカデミー作品賞、監督賞、編集賞、録音賞の4部門受賞、製作会社はオライオン・ピクチャーズ、監督・脚本はオリバー・ストーン、出演はチャーリー・シーン、トム・べレンジャー、ウィレム・デフォー。配給収入は17億8000万円、リアリティのある戦争映画として大きな話題作でもあった。オリバー・ストーンはこの作品からベトナム戦争映画の第一人者となり、『7月4日に生まれて』でもアカデミー監督賞を受賞、『天と地』でも南北ベトナム国境線付近で生まれたベトナム人女性の数奇な人生を描いた。
故淀川長治氏が、この作品は「アメリカの謝罪」と評し、オリバー・ストーンに対しては、「大キライ!」とか、かなりきつい言葉で、批判していたのは有名な話である。
その淀川氏の発言の裏で、日曜洋画劇場購入班は、放送権購入作業に着手したが‥。ある日、彼らと放送権販売会社との交渉での息づまる緊張感を私は目の前で感じていた。この配給会社は、他局にセールスするつもりだったようだが、番組の購入担当は「納得できない!」を連発、それが実ったのか、最終的に日曜洋画劇場での放送権を勝ち取ることになる。
さて、買ったはいいが、この作品・監督が嫌いな淀川氏にどう解説いただけるか、日曜洋画劇場日本語版制作スタッフはこの難題に挑むことになる。
吹き替え版演出は東北新社の伊達康将氏が担当、声優陣は超豪華な男性だけのキャスト。
チャーリー・シーンには池田秀一、トム・ベレンジャーにはささきいさお、ウィレム・デフォーには苅谷俊介、彼らを囲むのは古田信幸、屋良有作、千田光男、麦人、池田勝、星野充昭、谷口節、田中亮一、安原義人、大山高男、江原正士、牛山茂、幹本雄之、田原アルノ、二又一成、曽我部和恭など!
淀川氏には実際の放送2か月前あたりの試写・解説収録時に放送予定作品をお知らせすることになるのだが、「えっ、『プラトーン』やるの?」とのご返事、特に大きな拒否反応がなかったのが救いだった。さすがに仕事なので緊張感と覚悟を持った様子だったが‥。
日本語吹き替え版試写が終わってみると、「結構いいね。オリバー・ストーンやるね。」と、予想外のリアクション!今までのオリバー・ストーン嫌いはどこに行ったんだ?と思いつつも、さすがにその心境の変化は私のようなヒラの人間が聞けるような状況ではないし、こちらとしては機嫌が良いときに喋っていただき、収録を終わらせたいのが本音である。
正直、私としても新宿ミラノ座でのロードショー時の試写では全く好きになれず、こんな映画放送したくないなあ、とは思っていたが、この日本語吹き替え版を見て思ったのが、まず池田秀一の芝居、特にナレーションが秀抜で一兵士の心情が見るものに実に深く伝わってくるのである。これこそ字幕だけでは伝わり切れるものではないと痛感した。更にささきいさお、苅谷俊介のぶつかり合いが、善良なアメリカ人が戦時の緊張・恐怖によって、醜く、狂気を持ちはじめ残虐になっていく様を見事に表現、真に迫るものがあった。
以下、実際放送された前解説から抜粋:「今夜初めて皆さんにこの傑作『プラトーン』をご紹介しますことはとっても嬉しいです。」「これはベトナムの残酷な何とも知れんアメリカの恥のような戦争の実態をこの監督は本当に目の前に見せます。」「この残酷の中にアメリカのお詫びが出ております。アメリカの謝罪が出ております。戦争の虚しさが見ていて怖いです。」
後解説:「昔の『大進軍』「『西部戦線異状なし』は戦争映画の代表だと思いました。何とも知れんヒューマニズムがありました。ところが、今の『プラトーン』見たら何もかもが残酷で怖かったですね。今、戦争、こういう形で見せるところに狂的な感覚、訴えがあるんですね。」「戦争映画でこれだけの怖い作品は今までなかったです。本当に怖い作品でした。」
と、今見ても、勿論、放送されるものであるから実際には盛ったものになるきらいがあるが、嫌々でなく真意に基づくものであるから、ベストなものが伝えられたとは思っている。ここまで解説のモチベーションを高められたのは、正に日本語吹き替え版の勝利と言える。
作品力・認知度・日本語吹き替え版・真に迫る解説、すべてがうまく回転し、視聴率25%の大成功となった!2回目の放送でも20%を超えた成功作となっている。

しかし、話はこれで終わらない。

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1992年3月21日に公開された同オリバー・ストーン監督『JFK』は配給収入17億5000万円の大ヒット。これもテレビ朝日が放送権を購入、日本語吹き替え版キャストは、ケビン・コスナーに津嘉山正種、トミー・リー・ジョーンズに小林清志、ゲイリー・オールドマンに田中亮一、彼らを囲むのは田原アルノ、小山茉美、辻親八、石塚運昇、弥永和子、阪脩、江原正士、小杉十郎太などこれも1流揃い!
これも淀川氏の試写後の一言が「いいね。良く撮ってるね。」の感心した様子。
そういう経緯で、日曜洋画劇場日本語吹き替え版放送では、オリバー・ストーン2作品を褒める淀川氏だが、それを離れると元のアンチに戻っていたようである。淀川氏に纏わる、このオリバー・ストーンを褒めた話は意外と知られていない。
これなら、劇場公開時にも日本語版吹き替え版を見せていたらどうなっていただろう、と邪推する私であるが、それも遠い昔の話である。

 

[作品画像はAmazon.co.jpより]
※Amazonのページで紹介しているDVD・ブルーレイ等のソフトは、今回紹介する日本語吹替え音声を収録しておりませんので、ご購入等の際はご注意ください。
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『プラトーン』    『JFK』