飯森盛良のふきカエ考古学

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『シャザム!【ザ・シネマ新録版】』制作裏話。君は「マントの戦士」と聞いてどのヒーローを思い浮かべる!? の巻

いよいよ、『シャザム!【ザ・シネマ新録版】』の放送が近づいてまいりましたぞ?11月07日(日)21:00〜だそうですんで、本気で、お見逃しなく!いや、マジで!!

なんとビックリ、先日、ザ・シネマ公式ツイッター垢が【お詫び】というつぶやきをしてて、

「多くのリクエストを頂いておりました、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』【ザ・シネマ新録版】を再度放送すべく準備してまいりましたが、映画の権利上の都合により、今後使用することができなくなりました」

なんだ権利の都合って!? まぁとにかく、視聴者の方が上手いことツイートされてましたよ、「いつまでも、あると思うな、ザシネ新録」ってね。マジで、お見逃しなく!毎回「ソフト収録希望」なんて声も山ほど頂きますが、「今後使用することはできない」ってことはMMFRはソフト収録も今後されないんでしょうから、「ザ・シネマ新録版はオンエアで見とかないと二度と見れない可能性もある」ってことですよ…。いや私、ザ・シネマさんの回し者として加入者獲得のために言っているんじゃないですよ?自称“不滅の偉業”をソフトで後世に残したい私としましても今回はガッカリなんですが…。不滅のはずが割とすぐ滅んだなぁ…。

さて気を取り直して。今回は、新録の時の毎度恒例になってきました、『シャザム!【ザ・シネマ新録版】』制作の裏話です。

映画序盤、主人公の男の子がスーパーパワーを授かって、30歳ぐらいのマッチョなタイツ姿の定型的スーパーヒーロー姿の「シャザム」に変身させられちゃいますが(あらすじは知っている前提で割愛)、元に戻る方法が当初わからず、その格好のまま夜中に自宅である児童養護グループホームに戻って来て、ルームメイトのアメコミおたく少年を呼び、変身解除方法を質問するシーンです。

①You’ll Believe a Man Can Flyと I Believe I Can Fly問題
異様なコスプレした30歳ぐらいでムキムキのどう見ても変質者が、夜間に敷地内に忍んで来てこっそり声かけられたので、ヲタク君、お前本当にアイツか? マジでアイツが変身したのか!? と確かめるため「それじゃ、飛べるか?」と注文出します。スーパーヒーローなら飛べるだろと。で大人化した主人公「どうやってやるんだ?」、ヲタク「普通に、スーパーマンっぽく」と無茶ぶりしますが、そんなこと言われてもどうしょもありません。するとヲタク君は続けて「まずは自分が飛べると信じるんだ。今までスーパーパワーについていろんな論文読んできたけど、そのうち6割は…」と講釈垂れ始める。主人公は終いまで聞かずに「信じるかぁ、信じるねぇ…。OK!飛べると信じる。飛べると。飛べると信じますっ!飛べると…」と言って、ジャンプして、いわゆる「飛んでるんじゃない。落ちてるだけだ、かっこつけてな」状態から、かっこつけ要素を引いた状態で、ただただ地面に激突する、というくだりがあります。

ここ、原音だと、ヲタク君の「まずは自分が飛べると信じるんだ」は「Try to belive that you can fly.」と言っており、主人公の「OK!飛べると信じる。飛べると。飛べると信じますっ!飛べると…」ってところは「Okay, okay. I Believe I Can Fly. I Believe I..I Believe I Can Fly. I..」と呪文のように唱えてます。

どこかで聞いたことのあるセリフですね。これは、78年の映画『スーパーマン』第1作のコピー”You’ll Believe a Man Can Fly.”のパロディかオマージュでしょうな。同じワーナーDC作品ですから。翌79年の日本公開時には「あなたも空を翔べる!」と、微妙に意味違うけどこれはこれでアリな惹句に超訳されてましたが。当時のポスターはココから確認できます。

さて、ザ・シネマ新録版の台本では、ここがパロディになっている、とわからなかった。でも「飛べる」「信じる」とキーワードがあったんで私は気づいちゃいまして、その場で原語台本を確認し案の定でしたので、現場で、先に示したセリフを全て「あなたも空を翔べる!」に急遽変更しちゃいました。草尾さんにはリテイクになってしまい大変申し訳なかったのですが、DCユニバースの中の一作として重要なパロディだ、そのオマージュ精神もちゃんと再現したい、と私が変にこだわっちゃいまして…。実際どんな感じになったかは放送をお楽しみに!

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②「マントの戦士」問題
マントの戦士…なにやら、トンマノマントみたいな響き(古い!)。

これは①のシーンの直前ですね。主人公が、なんだか知らんがマント姿の大人に変身しちゃったんで元に戻りたい、お前ヲタクなんだからアメコミヒーローに詳しいだろ?戻り方教えてくれ!という意味のセリフが、「フレディ、ほんとに俺だビリーだ!別に親友ってわけじゃないけど“マントの戦士”について詳しい奴って、いま知ってるのお前だけなんだ!」です。

“マントの戦士”って、一般的なアメコミヒーロー全般のことを指すんでしょうかね?スーパーマンとかバットマンとか他局ですがDr.ストレンジとか全般を。でもですね、「“マントの戦士”について詳しい奴って、お前しか…」と言われた瞬間、ヲタク君は食い気味に「それバットマン!」と即答するんですよ。なぜにピンポイントでバットマン!? じゃスーパーマンはマントの戦士じゃないのかよ!? まぁ、Dr.ストレンジを排除せざるをえない大人の事情は解るけどさ…。

実は、「マントの戦士」って、ピンポイントで唯一バットマンのことだけを指す固有名詞なんですよ。他を「マントの戦士」と言ってはいけないんです。皆さん知ってました!? 私は知りませんでした。

これも収録を一時中断して(草尾さん重ね重ねすみません…)グワーッ!!っとスタジオで調べたんですよ。原語台本ではCaped Crusaderだった。クルセイダーの「クルス」はクロス=十字架のことで、元々は「十字軍の騎士」って意味なので、ちゃんと訳すなら「マント(ケープ)を纏った十字軍騎士」となります。もっとも、現在では「正義のための社会運動に身を投じている活動家」のことも比喩的に「クルセイダー」と呼んだりもしますが。「環境保護クルセイダー(environmental crusader)」とかね。日本語にも一昔前まで「闘士」って言葉がありましたが、あれです。「ウーマンリヴの闘士」とか「組合運動の闘士」とかの。ほら、ブルース・ウェインにも社会運動家っぽいとこあるでしょ?“犯罪撲滅運動の闘士”的な。

ビリー君は、自分が変なマント(ケープ)纏った大人に変身しちゃって、だからこの手のCaped Crusaderに詳しいマニアの君に相談したいんだ、とフレディ君を頼ったワケです。ビリー君はきっと、スーパーマンとかバットマンとかDr.ストレンジとかアメコミヒーロー全般の意味で、一般名詞として”Caped Crusader”という言葉を使ったのでしょう。彼がアメコミに興味無いっぽいということは、フレディのハイテンションアメコミ沼トークに引き気味、という描き方をされている別のシーンから察しがつきます。

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でもフレディ君の方は、沼地に生息するマニアのイジメられっ子。Caped Crusaderと言ったら具体的にバットマンのことしか指さない!それは固有名詞だ!! バットマンの別名なんだよ!!! ということは、彼にとっては常識だから、思わず「それバットマン!」と食い気味に即答しちゃったのです。そういうシーンなのです。英語ではね…。

でも、それを「マントの戦士」と日本語にしちゃったら、あまりに一般的な、ありふれた言葉すぎる。それ聞いた瞬間「バットマンの別名だ!」と断定する根拠は何!? スーパーマンだって十分マントの戦士だろ!? と思っちゃいますよね?

とはいえ「マントを纏った十字軍の騎士」とも日本語には訳せませんよ?だって上のシーンで「フレディ、俺だ、ビリーだ!“マントを纏った十字軍騎士”について詳しいヤツお前だけなんだ!」とふきカエで言わせたら、変でしょ?「十字軍騎士」ってなんだよ!? 十字軍どっから出た!? 唐突だなwww となっちゃう。

英語のCrusaderは、程良い重さ、ビリーは一般名詞と思ってるけどフレディは固有名詞と思ってる、ぐらいの程良さ。何にでも当てはまっちゃう日本語の「マントの戦士」よりは重くて、でも日本語で「十字軍騎士」と言うよりは軽い。そんなちょうどいい訳語が、日本語には存在しないんですよ。とはいえ、カタカナ語のまま「マント纏ったクルセイダー」としても意味不明ですからダメです。日本語で「クルセイダー」なんて、RPGヲタク以外は使いませんから。「パラディン」とか「バーサーカー」とかと一緒で、堅気が知らない専門用語。

日本でも有名なバットマンの別名としては「闇の騎士」「ダークナイト」という呼称があり、ふきカエ版でそれに言い換えてしまおう、という手も、今回は使えません。ハマればやりましたがこのシーンではハマらない。「“闇の騎士”について詳しいヤツって、いま知ってるのお前だけなんだ!」「それバットマン」なら、ビリーとフレディの受け答えとしては成立しますけど、そもそもビリーがなぜ自分の姿を見て「今の俺は“闇の騎士”みたいな格好になっちゃったな、このジャンルに詳しい奴といえばフレディだ」と思うのか、意味が分からない。シャザム化した赤全身タイツ×白マントのビリーの格好に、ダークナイト味はゼロですから。

直訳「マントを纏った十字軍の騎士」では成立しない。「マントを纏ったクルセイダー」だと意味不明。言い換えで「闇の騎士」にすることもシーンとハマらない。で、もう、お手上げ!降参!!

結局、ここは当初台本の通り「マントの戦士」のままとなりました。業界用語で言う「ママイキ(そのまま行く)」ですな。収録を止めるだけ止めてママイキ…草尾さん、本当にすみませんでした!

でもですね「マントの戦士」というのは、実はワーナーDC 公式サイト にそう明記されている、公式な訳語でもあるのです。公式サイトのバットマンのページに「別名:ダークナイト、マントの戦士(Caped Crusader)」と、ちゃんと書いてありますから!なので、我々が今回勝手に創造した言葉では決してございません。

かくなる上は、これを機に「マントの戦士」という呼び名がバットマンの別名である、と日本でも広めていくしかありません。それが定着しさえすれば、もう不自然ではなくなるのですよ。「マントの戦士に詳しいのはお前だけだ」「それってバットマンの別名」というやりとりでも全然おかしくない。ただ、まだ日本語に定着していない段階では、このシーンは、残念ながら、多少の不自然感は残る。なぜ「マントの戦士」と聞いた途端にスーパーマンでもDr.ストレンジでもなくピンポイントで「バットマン」と結びつけるのか?不自然です…。英語を日本語化しきれなかった、と私自身認めざるをえません。今回は非才な私の力及ばずでした…。

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「マントの戦士」の呼び名が日本語でも「ダークナイト」と同程度に定着・浸透していき、今から十年ぐらい経ってからこのザ・シネマ新録版を見直した時には、もう不自然さは誰も感じなくなっている、そんな近未来を私は期待して、将来世代にこの課題は委ねたいと思います。日本よ、任せたぞ?「マントの戦士」と言ったら以降バットマンのことだからな?

…と言っといて、将来、「映画の権利上の都合により今後使用することができなくなりました」なんて事態だけは勘弁よ?

『シャザム!』© 2019 Warner Bros. Entertainment Inc. SHAZAM! and all related characters and elements are trademarks of and c DC Comics.

ザ・シネマ新録版『シャザム!』
→ ザ・シネマ 秋の吹き替え祭り特設ページ
プロデューサー:飯森盛良
翻訳:小寺陽子、演出:早川陽一
声の出演:草尾毅、加藤亮夫、魏涼子、山野井仁、粟野志門
放送予定日:2021年11月7日(日)夜9時~ほか