『ハドソン川の奇跡 【ザ・シネマ新録版】』江原正士インタビュー

ハドソン川の奇跡 【ザ・シネマ新録版】
吹替版放送に力を入れる洋画専門CSチャンネル「ザ・シネマが、『ブレードランナー ファイナル・カット』『プロメテウス』『LIFE!/ライフ』『マッドマックス/怒りのデス・ロード』に続く“新録版第5弾”として、クリント・イーストウッド監督作『ハドソン川の奇跡[ザ・シネマ新録版]』を12月27日(日)に放送する。
 
2009年のアメリカ・ニューヨークで起こった航空機事故からの奇跡的な生還劇を映画化した、実録ヒューマン・ドラマである同作。ソフト発売時には立川三貴がトム・ハンクスの吹替えを務めたが、今回の新録版では、『フォレスト・ガンプ/一期一会』『アポロ13』『プライベート・ライアン』『ダ・ヴィンチ・コード』シリーズほかでハンクス役を務めてきた江原正士が、吹替えファン待望の起用となった。
 
その江原に、今回の新録版の見どころ、そしてトム・ハンクスの魅力を聞いた。
 
 
──まずは、今回のお話を聞いて、どう感じられたか教えてください。
 
 もう4年前の映画になるんですね。その時は「今回は僕には吹替えの話は来ないんだな」と思って、すぐにあきらめたんです。トム・ハンクスは数多く担当させていただいてきましたから、ちょっと寂しかったですけど、その寂しさも癒えた頃にこのお話をいただきまして、「え!」とまさに青天の霹靂(へきれき)ですね。また吹替えを作るんだ、うわぁ……『ハドソン川の奇跡』をできるんだ……と、本当に嬉しかったです。
 
──今作ではトム・ハンクスが実在の人物を演じていますが、かなり本人を再現した演技をしていると感じます。江原さんが演じるに当たって注目した点を教えてください。
 
 外見的な問題になりますが、サリーという実在の機長さんに近づけるために、彼は身体を絞ったかなと思いましたね。髪の毛も白く染めて、実在の人物に忠実に作っている。そして、サリーさんが非常に沈着冷静な人物であって、トム・ハンクスはこれまでにもそういうタイプの役は演じてきてはいますが、今回は余計にちょっと強めに意識しているというか、さりげなくですが。落ち着いた、たくさんのフライト時間を経験した熟練の機長というものを、意識的にちゃんと役作りをしていったような印象を受けましたね。喜怒哀楽の表現についてもです。
 
 少し話が飛んでしまいますが、感動したのは、ハドソン川に飛行機が着水した後にサリー機長が最後まで機に残って、沈みかけて水が流れ込んでいる座席の後方まで行って誰も残っていないか確認しますよね。あの責任感を発揮する姿からは、従来のトム・ハンクス自身のパワーが出ていましたね。冷静沈着な機長でも、最後は必死に点検する。リアリティがあってすごくハッとしました。
 
──作品はすでに劇場公開時にご覧になっていたと思いますが、映画全体の感想はいかがでしたか?
 
 編集が良かったですね。最後に国家運輸安全委員会との公聴会シーンが待ち受けていますが、私生活の話も交えて上手く繋げているというか、最後まですーっと観られちゃいましたね。96分しかない映画ですが中身はびっしり。特に公聴会のシーンは、本来あのようなシーンは難しいんですけどね。やっぱり緊迫感がありました。字幕だと細かい言葉を端折ってしまわないといけないですが、日本語吹替版だともっと多くの意味を持たせることができますから、上手く言い換えられるように、結構気を遣って準備しました。そこはぜひ皆さんにも、しっかり観ていただきたいですよね。
 
 本当に声優陣みんなでがんばりました。もちろん前回のソフト版吹替えの皆さんもがんばられたと思いますけど、4年経ってからの新録版ですし、また違う角度でやっていると思いますので、その辺りの違いも含めて楽しんでいただければと思いますね。もしこの話が実話じゃなかったとしたら、多分皆さん「映画だからこう上手くいくんだよ」と思うのが本当のところだと思います。でも、実際に起こった、奇跡みたいな事実なんですよね。それをやっぱり字幕じゃなくて、日本語版で体感していただきたいなという気持ちなんです。
 
──監督はクリント・イーストウッドですが、イーストウッド作品と言えば、江原さんは『トゥルー・クライム』(日本テレビ版)の死刑囚(イザイア・ワシントン)や、『ハートブレイク・リッジ/勝利の戦場』(テレビ朝日版)のマリオ・ヴァン・ピーブルズ、『目撃』(ソフト版)のスコット・グレンの吹替えも担当されています。イーストウッド監督作の印象を教えてください。
 
 クリント・イーストウッドと言えば、自分の世代的には「ローハイド」ですからね。そして『荒野の用心棒』ですから、まさか映画監督になるなんて思ってもいなかったです。自分が出演もする作品があって、今回みたいな完全に監督だけの作品もありますが、良い映画をいっぱい作っていますよね。大した人だなと感じます。聞いたところによると、イーストウッドさんは何カットもほとんど撮らないらしいですね。僕はたまたま若いときに日米合作映画の『将軍 SHOGUN』に出演しましたが、(アメリカのスタッフに)とにかく何十カットも撮られたんです。縦から横から後ろから、前に三船敏郎さんがサシでいらっしゃって、もう本当に撮るところがないくらい撮ってから帰るんですよ。ところがイーストウッドさんはそういう撮り方じゃないそうです。彼はジャズがお好きじゃないですか。ジャズ・ミュージシャンというのは、皆さんある程度力量を持っていて、そういうメンバーがあるところに集まって、即興で合わせてライブするのが生きがいらしいですよね。そう考えると、ご自身が演出するときも、そういうノリで撮ってるんじゃないかと思うんですよね。
 
 トム・ハンクスさんなんて、多分撮影に当たっては、しっかりと仕込んでくると思うんです。そのスリリングなところ、良いところをすくってくれるっていうのは、やっぱり役者さん出身の監督さんならではな感じがするんですよね。俳優の生理が分かるというか。何度も何度もカットを重ねると、段々役者は良いところを出したいって欲望が出てくるんです。それよりも「まずドラマに生きろ」と、自然な瞬間をすっとすくうために、カット数が少ないのかもしれませんね。
 
──江原さんが考えるトム・ハンクスという俳優の魅力は何でしょうか? また、彼を吹替えるやりがいを教えてください。
 
 ハンクスさんはチャレンジャーだなと思うんですね。船長さんであり、学者さんであり、移民であったりもしますし、様々なキャラクターを今まで演じてきていますが、不思議なのは、全部彼のキャラクターになってるかっていうと、違うんですね。ちゃんとそれぞれの登場人物を演じ分けている。ところが、キャラを演じてるにも関わらず、見方によっては全部トム・ハンクスなんです。それはどういうことなんだ?と思うんですが、そういう役者さんは他には……アンソニー・ホプキンスでもそう感じたときがありましたけど、彼ら以外にはあまりいないんじゃないですかね。
 
 あとはやっぱり「温かさ」。それがあるから多分、アメリカの方々もどこか安心するんじゃないですかね。きっとこの人は裏切らないだろうなとか。そういうエネルギーを持った役者さんじゃないのかなと思うんですよ、僕の一元的な見方かもしれませんが。
 
 演じるのは毎回大変なんですよ。長いフレーズをベラベラ~っとしゃべる方なんです。準備的には、まずそのフレーズを全部一回入れ込まなきゃいけなくて。入れ込んで、それから日本語をもう一度再構築していきます。ですから、結構仕込みが掛かります。僕は不器用な役者なので、台本はなるべく早めにくださいとお願いします。仕事の合間にずっと映像を観て、(準備期間の)2/3くらいで粗仕込みしてから、最後の1/3程度で全部合わせて、少し膨らみを付けるように準備します。解釈ですね。西洋の映画だから情緒よりも論理かな?と。「ここは絶対に伝えなきゃいけない」という部分を、明確に洗い出してセリフを作っていく。ダダダダーってしゃべる中でも、ここは聞こえないといけないとか、ここは多少聞こえなくても大丈夫と取捨選択していって、最終日の録音に挑むんです。もちろん、当日に演出家に言われれば修正しながら再調整します。
 
 今回はそんなに早口ではないですが、やっぱりサリー機長の立場をちゃんと論理的に描こうとしていますよね。その彼の役を作るに当たっては、激高してはいけないし、かといってクールなだけではいけないというところで、どうしようかな?とさじ加減がちょっと難しかったのはありますね。
 
──それでは最後に、放送を楽しみにしていらっしゃる皆さんに向けてメッセージをお願いします。
 
 『ハドソン川の奇跡』ですが、本当におとぎ話のような、実際にあった話なんですよね。この映画を観ていただくと、当時の事件は実際にこんなことが起こっていたんだ、サリー機長の英断は決して個人的なものではなかったんだということが、その現実の厳しさも含めて、色んな意味合いが色んな角度から分かると思います。観る方が窓口をいっぱい持っていただくと楽しみが増えると思いますので、新しく制作した吹替版ということで、また新たに発見できるところも含めて、ぜひ、一度観た皆さんの観点からもジャッジしていただければと思います。

(構成・聞き手:村上健一)

 
 
ハドソン川の奇跡 【ザ・シネマ新録版】江原正士 プロフィール
5月4日神奈川県出身。当初は俳優志望ではなかったが、ある映画監督の講義をきっかけに表現者を志す。仲代達矢の舞台に魅了されるも劇団四季に入団。『若草物語』のローリー役で声優デビューを果たす。日米合作映画『将軍』やTVドラマのほか、多くの舞台を経験。1980年代の劇団昴時代から本格的に声の仕事を開始する。洋画吹替えでは、トム・ハンクスをはじめ、ウィル・スミス、ビル・マーレイやウェズリー・スナイプス、ブルース・キャンベルほか数多くの俳優を担当。人気アニメ『NARUTO ナルト』のマイト・ガイ役としても知られる。
 
 
ハドソン川の奇跡 【ザ・シネマ新録版】
製作・監督:クリント・イーストウッド
出演:トム・ハンクス 、アーロン・エッカート ほか
声の出演:江原正士、木下浩之、清水はる香 ほか
 
『ハドソン川の奇跡 【ザ・シネマ新録版】』スタッフ&全吹替えキャスト掲載中!
 
 
新録版の詳しい制作経緯は
飯森盛良のふきカエ考古学「ザ・シネマ新録版、第5弾はみなさん待望の、そうだよ、江原正士版『ハドソン川の奇跡』だよ!! の巻」にて!