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吹替えへの想い

───お二人とも劇団で舞台のお芝居をやってらっしゃいますが、声のお仕事に入られたきっかけはどんなことですか。

平田 僕は当時のマネージャーに「興味があるか」と聞かれたので「はい」と言ってオーディションを受けさせてもらったのが最初ですね。

安藤 私もオーディションでした。

───初めて吹替えをやったときはいかがでしたか。

安藤 最初は何がなんだか…。“尺”とか“口パク”の意味すら分からなかったので難しかったですね。でも同時にすごく面白かったです。普段自分では全然できない役をできるというのはすごい魅力だなと思いました。年齢的にも本当に10代からおばさんまでできるし、スパイとか舞台の上ではできないことも声だけだったら出演できますから。でも先輩に「死ぬほど練習しろ、100回やれ」って言われました、慣れるまで。それで最初はほんとにやりました。

安藤さん

平田 いい先輩ですねぇ。僕に最初の頃教えてくれた先輩は「いいんじゃない。飲み行こ、飲み。」でしたからね、名前は出しませんけど(笑)。「だいじょぶだいじょぶ、あとは元気よくやって飲み行こ」で何も教えてくれない(笑)。100回やれっていってくれる先輩が欲しいです。15、6年やってやっとです、数をやらなきゃダメだと気づくようになったのは。

───それは何かきっかけがあったんですか?

平田 時間の流れもあるでしょうね。あとはお世話になってる業界での自分の居場所とか立ち位置とかを考えて「俺はこのくらいやってきたならもっとうまくなってなきゃいけないんじゃないかな」とか「どうすればうまくなるのかな」ということを漠然と考えているんです。いつもどこで自分でOK出しているのかなと考えたときに、口パクが合って、難しい医学用語もスラッと言えるようになって、なんとなく画(え)の雰囲気が出せるようになって、OKだな、と思って。でもそれでいいのかな、とふと思うようになりました。あるとき100回とは言わないまでも飽きるまでやってみようと思ったらいつまでたっても自分のお芝居が落ち着かないんですよね、いろいろなパターンが出てきて。さっきのでもOKなんだけれどもこういうニュアンスも合うし、前からの流れからだとどうなのかな、ということを考え始めたんです。それまでは生(なま)での、ここ(スタジオ)での会話というのがとても大事だと思っていたので、あんまり家で作っていってもそれは良くないことだと思っていた時期もあったんです。でもちょっとそれは投げ過ぎなのかな、と。あとは自分のやったものを観て「最初に見たときの印象はそれか?」みたいなことを思って。僕は「第一印象」というのはとても大事だと思うんです。自分の見た感動を伝えたい、「僕の好きなジョニー・デップはこうなんだけどどう?」というのが声優ののせるメッセージだと思うんですけど「ほんとにそれ、みんなに見せたいジョニー・デップなの?」と──ジョニー・デップに限らずですけど──思い始めて、じゃあリハーサル増やしてみようかなと思ったらだんだん少ないリハーサルだと不安になるようになってきて。でもまだ「よし、これでOK」というリハはしたことがなくて、どこかで妥協しますけども。

───舞台のお芝居は1ヶ月、2ヶ月という長いスパンで役を作っていくわけですが、声優さんのお芝居というのはそれとはまた違いますか。

写真_2人

平田 共通なんじゃないですか、ほとんどのところが。例えば10ステージの舞台で初日に100%のものを持ってこなくてはダメですが、10ステージ後の千秋楽には変わっていて当然ですし、何年がかりで旅公演に行って100ステージやったら100ステージ目は変わってますよね。『ER』のカーターは11シーズンでほとんど出番が終わったんですが、最終シーズン、4年ぶり位にポツポツとカーターが出てきました。しばらく離れていた不安もありますけどもそれまでやってきたものというものは確実にあるわけですし、初めてノア・ワイリーを当てるという心境とは違います。何かあるんですよね、いままで培ってきたもの、その結果みたいなものが。それはいまやらせていただいているシリーズ物でもそういうのは必ずあると思うんです。単発の作品でも、リラックスしながらも自分のいまできるクオリティの高いところに持って行くにはどうしたらいいのかな、というのは最近ありますね。

───出演される方が別々に録る場合もありますが、皆で一緒に録りたいと思われますか。

平田 基本的にはそうですね、作品によりけりですが。会話劇などは一緒がいいですね。ひとつのシーンの中で語り合ってて感情の変化があるときは、やはり生(なま)の日本語を聞いて動かされたいし、自分も動かしたい。視聴者として見ているときにはそういう作品のほうが面白いですからね。

写真_2人

安藤 どれだけ練習しても相手役の方の言い方によって「全然違う声が出た!」みたいなこともあったりして、そういうときに、あまり納得いってなかったのに「ああ、こういうことだったのか」とふっと納得したりしたこともあったりしてそれはすごい面白いですね。楽しいですね、やっぱり「一人でやってないな」っていうのは。

───かつてベテラン俳優さんの中には、声の仕事をやることに違和感をお持ちの方もいらっしゃいましたが、おふたりはいかがですか。

平田 僕が仕事を始めた頃も、吹替えを「役者のやる仕事じゃない」みたいにおっしゃる方はいましたね。右も左も知らない頃にそう言われると「そうなのかな」なんて思っちゃいますよね。いまはゼロではないまでもずいぶん減ってきていると思います。昔は舞台を挫折した役者が声の仕事に流れてきたということも多かったらしくて、「志を捨てて声に身を売ったんだ」とくやしがってやってらした方も大勢いたように聞いてます。でもその「なにくそ」というところで作り上げてきた世界だと思いますし。
 昔ある方に「吹替えなんかやるな、セリフがアテレコ調になる」と言われたことがあって、悔しいけど確かにそうだと思うときもありました。当時は何回もリテイクできなくて1回で録らなきゃいけない。そうすると、尺に合わせるために最初は早口でしゃべってあとはゆっくり向こうの役者の口が閉じるまで引っ張る、みたいな独特のアテレコ調がどうしてもできちゃう。でもいまはいくらでもリテイクができますから。「アテレコやると芸が荒れる」といまだに言う人もいるんですけど「小池朝雄の芸が荒れてましたか?」って僕はいつも思うんですよ。アテレコやってたおかげで芝居の幅が広がるということはあっても、それが舞台での芝居の足を引っ張ることは一切あり得ない、というのは何年か前に確信しました。

安藤 私も先輩からは「声芝居になっちゃうんじゃないの」みたいなことを言われたこともありました。でも私としては舞台と声の仕事とで稽古の仕方は変わらないですし、同じくらい稽古して同じくらい台本を読むということはしますから。自分が普段全然やらない役を当てられるということはむしろ勉強になるんじゃないかな、と思っていて、いま平田さんのお話を伺って嬉しかったし、やっぱりそうだなと思いますね。私は芝居の根底にあるものは一緒だと思っているので、そこからいろいろ学んでいけたらいいなと思います。

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hirata平田 広明
(ひらた ひろあき)

1963年8月7日生まれ、東京都出身。昴演劇学校を経て劇団昴に所属。1986年『夏の夜の夢』で初めて舞台に立つ。その後、芝居はもちろん洋画の吹替えやアニメ、ナレーション等でも活躍中。ジョニー・デップ、ジョシュ・ハートネット、マット・デイモン、ジュード・ロウ、エドワード・ノートンなど数多くの映画俳優吹替えを手がけている。

【劇場版】『アリス・イン・ワンダーランド』、『パイレーツ・オブ・カリビアン シリーズ』、『ボーン アイデンティティ シリーズ』 他多数 【海外ドラマ】『ER緊急救命室』(ジョン・カーター)、『CSI:ニューヨーク』(ダニー・メッサー)、『フレンズ』『ジョーイ』(ジョーイ・トリビアーニ) 他多数 【アニメ】『ONE PIECE』(サンジ)、『魍魎の匣』(京極堂)、『怪談レストラン』(お化けギャルソン)、『リタとナントカ』(ナントカ)、『NARUTO~ナルト~』(不知火ゲンマ) 他多数

平田広明 OFFICIAL WEBSITE

劇団昴公式ホームページ

hirata安藤 瞳
(あんどう ひとみ)

1981年12月24日生まれ、神奈川県出身。青年座研究所卒業(31期)、2007年4月1日から劇団青年座に所属。2001年『さよならノーチラス号』で初めて舞台に立つ。 『アリス・イン・ワンダーランド』では主役の座を射止めた。

【劇場版】『アリス・イン・ワンダーランド』(アリス)、『エアベンダー』(ユエ姫) 他多数 【海外ドラマ】『ヒーロー』(チュ・ジェイン)、『華麗なる遺産』(ソヌ・ジョン)、『タルジャの春』(チャン・スジン)、『アグリー・ベティー4』(リリー) 他多数 【アニメ】『8月のシンフォニー』(梅沢 泉)

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